「 雲門関 」

今月の禅語です。

禅の修行のなかでも、最後で最大の難関とされる「翠巌眉毛」と呼ばれる公案に基づく。

唐の時代、翠巌令参が九十日間の夏安居(夏の修行期間)を済ませた後の垂示に、「一夏以来、第二義門に下って説法したが、わしの眉毛はまだ有るか」と問うた。

この問いに対し、保福従展は「賊を働いた奴は落ち着きがない」と答え、長慶慧稜は「大いに生えている」と答え、雲門文偃は前の三人に対して「関」と一字で答えた。

「関」はピシャリと門を閉ざす語気。

「蟻の子一匹、この関門は通さんぞ」「通行まかりならん」の意。

何物も寄せつけず、修行者のすべてを奪い尽くす語。

臨済宗の歴代祖師たちは、みなこの壁を透り抜け、衆生済度への一歩を踏み出した。

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