「 閑古錐 」

今月の禅語です。

「閑」は静かなさま。

「古錐」は古い錐(きり)。

長年使い込んだため先端が丸くなって鋭利さを失った古い錐のこと。『老古錐』ともいう。

禅の修行は本来の自己に目覚めて悟りを得た後も、それによって得た活殺自在で鋭利な働きを更に老練させ、その鋭さや悟り臭さの影をひそめさせ、迷悟両忘の境涯に至るもの。

この円熟した境涯を使い物にならない無用なもの(古い錐)に喩えて尊重する。

世間の眼には鋭いとも鈍いとも分からない、真昼の行灯のような状態。

千利休の「利休」も、鋭利さを休歇したという意味だといわれている。

他には「一休」さんもそうですね。

〝 ひとやすみ、ひとやすみ 〟

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