「関 幾乎同路」

前の「雲門関」の続きです。

「関」そのものの意は関所、閉ざされた門、鍵のかかったところで、この関は通らなくては意味はないし、ただ通っただけではこれまた意味をなさない。

この「関」、実参実究、一切の妄想煩悩をなくしてみなければ解らないことであるが、大徳寺開山大燈国師(宗峰妙超)はこの公案で大悟したことで知られる。

大燈国師は鎌倉建長寺で師の大応国師(南浦紹明)にこの「雲門関」で参禅していた。

ある日、蔵の鍵を机の上に置こうとした時ガチャッと音がした。

その瞬間に、この「関」の公案が解けたのである。

すぐに師のところに走り「幾乎路(ほとんどみち)を同じゅうす」と言明したのである。

大応国師は大変驚いて「実は今朝、雲門大師が自分の部屋に入ってくる夢を見たばかりである。お前はまさに雲門の再来である」と言って、大燈国師の悟りを認めた。

翌日大燈国師はそのときの心境を書いて師に示した。

これが投機偈である。

「一回雲関を透過し了って、南北東西活路通ず。夕処朝遊賓主を没し、脚頭脚底清風を起こす(後略)」。

師の大応国師はこの末尾に「你、既に明投暗合せり、吾你に如かず。吾が宗、你に到って大いに立し去らん。ただ是れ二十年長養して比の証明を知らしめよ」と記して印可した。

大燈国師はこの時二十四歳であった。

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