ぜんざい童子

善財童子。

有名なのは、世界遺産 栂尾山 高山寺の善財童子像かもしれません。

小学生の頃、教科書の写真で見ましたが、広い部屋の真ん中で走るようなポーズの善財童子が非常に印象的だったのを覚えています。

実際に参拝もしましたが、どういう仏様なのか当時は知りませんでした。

少しご紹介したいと思います。

昔、スダナ(善財)という童子があった。この童子もまた唯ひたすらに道を求め、悟りを願う者であった。海で魚を捕る漁師を訪れては、海の不思議から得た教えを聞いた。

人の病を診る医師からは、人に対する心は慈悲でなければならないことを学んだ。また、財産を多く持つ長者に会っては、あらゆるものは皆それなりの価値を備えているということを聞いた。

また、坐禅する出家を訪れては、その寂かな心が姿に現われて、人々の心を清め、不思議な力を与えるのを見た。また気高い心の婦人に会ってはその奉仕の精神にうたれ、身を粉にして骨を砕いて道を求める行者に巡り会っては、真実に道を求めるためには、刃の山にも登り、火の中でもかき分けてゆかなければならないことを知った。

このように童子は、心さえあれば目の見るところ、耳の聞くところ、皆ことごとく教えであることを知った。

かよわい女にも悟りの心があり、街に遊ぶ子供の群れにも真の世界のあることを見、素直な優しい人に会っては、ものに従う心の明らかな智慧を悟った。

香をたく道にも仏の教えがあり、華を飾る道にも悟りの言葉があった。ある日、林の中で休んでいたときに、彼は朽ちた木から一本の若木が生えているのを見て生命の無常を教わった。

昼の太陽の輝き、夜の星の瞬き、これらのものも善財童子の悟りを求める心を教えの雨で潤した。

童子はいたるところで道を問い、いたるところで言葉を聞き、いたるところで悟りの姿を見つけた。

まことに、悟りを求めるには、心の城を守り心の城を飾らなければならない。そして敬虔に、この心の城の門を開いて、その奥に仏を祀り、信心の華を供え、歓喜の香を捧げなければならないことを童子は学んだのである。

このように、善財童子は文殊の教えを受け、55ヶ所・53人の善知識を歴訪して教えを受けます。53人のなかには長者・医者・仏教以外の宗教者等々がいました。様々な人から先入観無しに教えを受け、最後に弥勒・文殊・普賢の3菩薩のところへ行き、真実の智慧を体得しました。この故事から「東海道五十三次」が出たとも言われています。

善財童子のように、私たちも日常生活の中でカラスの鳴き声や谷川のせせらぎ、竹藪を通る風の音も全て仏の説法であると感じられるようになれば、日常生活がそのまま極楽浄土になるのかもしれませんね。

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