『ほとけのこころ』(仏心)

金澤翔子さん

本山の夏期講座に講師として来られていた金澤翔子さんです。

席上揮毫をされる前に、手を合わせて祈る姿に心打たれました。

祈る姿を見て、心を打たれる方というのは、そんなに多くありません。

講演後、著書を買い求めサインも頂きました。

本の執筆者は、母の泰子さんです。内容は、翔子さんが生まれてから書道家・金澤翔子として活躍をしていく過程や翔子さんと母娘二人での日々の生活の中で泰子さんが様々な事に気づかされていくといった内容です。

この本を読んで最初に感じたことは、翔子さんはまさしく「ほとけの心」(仏心)を持った方だということです。

本文を抜粋しますと。

翔子は、想像を絶するほどの「やさしさ」を持っていました。

人が困っているらしいと感じると、もう自分が何かしてあげたくて仕方が無い、そんな性格です。弱い人・ケガをしている人・病んでいる人・障害のある人、そんな人に非常に敏感です。

道を歩けば、杖をついてお年寄り、車椅子に乗った人など、動きに不自由がある人達のことがどうしても気になってしまい、声をかけたり、手を貸さずにはいられなくなります。絆創膏を貼っている人がいたら、すぐ飛んでいって「どうしたの?」とさすってあげ、ケガをしているホームレスの人に出会ったら、駆け寄ってハンカチで血を拭いてあげる。

千人以上が集う席上揮毫や個展の会場でも、翔子は弱い人・幼い子・痛みを抱えている人をいち早く見つけては、傍に寄ってさすったり、慰めたりします。

ある個展で帰り際にわざわざ挨拶に来られた方がいました。鞄を背負ったその方の姿は、遠目に見て、何も変わったところはありません。泰子さんもスタッフも特に気にしていませんでした。しかし、近くでお話をすると鞄の隅から、わずかにビニールの管が覗いているのが見てとれました。それで初めて、その方が鞄の中に酸素ボンベを入れており、酸素吸入していることが分かったそうです。

その方はおっしゃいました。「翔子ちゃんだけが気づいてくれたんです。」ビニールの管は、かなり気をつけてしっかり見ないと分からない位、一部しか見えていません。それなのに翔子は気がついたのです。駆け寄って行って、その方に「どうしたの?」と話しかけたそうです。

こういった翔子さんの日々の生活が本の中に記されています。こういった出来事も勿論面白いのですが、それよりも私が興味深く感じたのは、母親・泰子さんの心がどんどん変わっていくところです。

泰子さんは、翔子さんを産んだ時、心が絶望で覆われていました。「ほとけの心」とは最も縁遠いところにいました。(詳細は著書「涙の般若心経」をご覧ください)しかし、翔子さんの生き方を目の当たりにして徐々に心が開いていくのです。

まさに「白隠禅師坐禅和讃」なんです。

坐禅会で最初に誦みあげるお経が、すぐに頭に浮かびました。

「衆生本来仏なり」に始まり、「この身即ち仏なり」で終わる。まさにこれです。

「ほとけの心」を持っているのは翔子さんだけではありません。泰子さんも「ほとけの心」を持っていることに気づいていく過程がものすごく面白かったです。

ご興味ある方は是非「涙の般若心経」を読んでみて下さい。また、坐禅会の際にお話させていただこうと思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です