うるっときた話

最近、うるっときた話を書きたいと思います。

あるおかあさんのお話です。

その方は25歳で結婚し、27歳で息子を出産されました。しかし、夫が突然脳梗塞で倒れ、働けなくなった夫の代わりに働くことになりました。

家の近くで、設備の整った保育園に息子を預けられたのは不幸中の幸いでした。ですが、生後半年の息子を置いて働きに出るのは、身を裂かれる辛さでした。

保育園にいる子供達は、みんな1歳以上です。他の子よりも明らかに小さなわが子。毎朝、心を鬼にして先生の手に託して部屋を出ようとしますが、息子は必ず泣き出します。

その泣き声を背に、駅までの道すがら、私自身も何度涙を流したかわかりません。

慣れない仕事は大変でしたが、実家の両親も折を見て手伝いに来てくれたりして、毎日感謝の気持ちでいっぱいでした。

それでも、夫の体力はだんだんと落ちていき、息子が1歳を迎える前に亡くなりました。

「私たち、これからどうしたらいいの・・・。」

悲しいかどうかも分からず、只々ぼんやりと力が入らない日々が続きました。

子供を保育園に預けるというのは、コインロッカーに荷物を預けるようにはいきません。

その日の体調を連絡帳に記入したり、汚れた着替えを持ち帰ったり、お昼寝用の蒲団カバーを交換したりと、こまごました用事をしなくてはいけないのに、私はそれが抜けてしまう。

仕事も子育ても中途半端な自分に、心底嫌気がさしました。

それでも、ひまわり先生はいつも笑顔で「いってらっしゃい」と送り出してくれました。

こうして、息子はなんとか無事に5歳になったのです。

そして、これは本当に恥ずかしいことなのですが、私はあるとき、はたと気がついたのです。

「そういえば私、この子の爪を切ったことがない・・・。」

でも、ビスケットを食べている息子の爪を見ると、きちんと切りそろえられています。

「ママ、けい君の爪、切ってなかったね。」

そう言うと、息子はにかっと笑いました。

「あのね、ひまわり先生が切ってくれるの。あとね、ママが遅くなるときに、内緒で耳掃除もしてくれた。」

私は驚きと感動で、その場を動けませんでした。

奇跡的なことに、ひまわり先生がこの5年間ずっと、息子の担任をしてくれました。

私は、ひまわり先生がこの間、ただの一度も仕事を休まなかったことを知っています。

私と同い年である彼女の力強さに、何度励まされたことでしょう。

そんなひまわり先生とずっと一緒にいたかったけれど、私たちは引っ越すことになり、息子は退園することに。

お別れ会の日、ひまわり先生は手作りのアルバムをプレゼントしてくれました。クラスの一人ひとりがちゃんと写っているアルバム。

それを見たら、ひまわり先生がどれほど深い愛情で子供達を見守ってくれていたか、すぐに分かりました。

最後のご挨拶に伺った時、園長先生にこう言われました。

「彼女がずっと担任だったのは、偶然じゃないんです。彼女に、どうしてもと頼まれたんですよ。」

ひまわり先生も、幼いころにお父さんを病気でなくされたことを、私はその日はじめて知りました。

この5年間で一度だけ、私はひまわり先生の前で泣いてしまったことがあります。

お弁当の日に寝過ごしてしまった時です。コンビニで慌ててサンドイッチを買い、息子に持たせたものの、自分のふがいなさに涙が止まらなくなったのです。

その時、ひまわり先生は言いました。

「ちゃんとできなくてもいいじゃないですか。ちょっとずつ、良くなればいいじゃないですか。」

息子はだいぶ大きくなりましたが、それでも自分の未熟さに心が折れそうになるときがあります。でもそんな時は、お守りのように思い出すのです。何も言わず息子の爪を切ってくれた、ひまわり先生の笑顔を。

(介護ヘルパー・PHP「生きる」28年2月号より抜粋)

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