『心を調える』

朝の参道

綺麗さっぱり!!剃髪直後のお坊さんのあたまのような参道です。

昨日、正光寺本堂正面参道の草刈りを行ないました。朝日を浴びて清々しい気が満ちています。

庭木の剪定も終わり、木々も喜んでいます。この時期は本当に草木が鬱蒼と茂ります。剪定しないと樹木の内側にある枝ほど、光が届かなかったり虫の影響やらで腐ってきます。庭木自身も自分から生えてきたものが自分自身を邪魔していることに苦しんでいるようです。

自分自身から生じたものが逆に自分を苦しめる・・・人間で云うところのまさに「煩悩」です。自分自身でコントロール出来ない程の欲望を抱えている心の状態。「煩悩」は、自分の心が自分自身を苦しめている状態のことです。

坐禅や写経の目的は、煩悩が生み出される自分自身の内面を見つめることによって『心を調える』ことに主眼を置いていますが、坐禅や写経だけが『心を調える』わけではありません。日々の境内掃除や朝のお勤め等々。身の回りの整理整頓、服装等の身だしなみを調えることも全て『心を調える』ことに繋がっていきます。

勿論、この参道が何も無い今の状態から、太陽の光や空気・雨といった様々な「縁」が重なりあって、また1週間もすれば雑草が繁茂するように、私達も『心を調えた』としても、すぐにわが身の欲望に振り回されたりもします。

諸行無常が世の常ですから、何度でも『心を調え直す』必要があるのは仕方無いとしても、今のこの参道を見て感じる「清々しさ」さえ覚えていれば、何度でもこの場所に帰って来れるのではないかなと思いました。

ほんのひとときの風景ですが、一時の『無』の景色を愉しんで頂ければと思います。

岑月 合掌

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