六祖壇経より抜粋

〝外、一切善悪の境界において心念起こらざるを名づけて坐と為し、内、自性を見て不動なるを名づけて禅と為す〟

外界にどんなことが起こっても心を動かさないことを「坐」といい、内に向かっては自分とは何かということに心を集中することを「禅」という。坐禅は三千年の昔に起源を持つという。限りある自分のいのちを、一度、この長い人類の遺産に浸してみてはどうであろうか。

※坐禅の「坐」は当用漢字には無いが、やはりどうしても「坐禅」と書かなければなるまい。

なぜならば「座」は銀座とか座敷とか、いずれも場所を示す名詞であるが、「坐」は自分で決意して「坐る」主体的行為を表す動詞であるからだ。(西村惠信著より抜粋)