のどかな日常

正光寺ののどかな日常を徒然なるままに綴ります。

のどかな日常

チリアヤメの開花、そして・・・

チリアヤメが咲き始めました。

秋から冬にかけて、立ち枯れたような状態になっていた花です。

4月から5月にかけて花を咲かせます。

花言葉は「希望」「良き知らせ」。

お参りいただく方々の中には、この慎ましく咲く花のファンが少なからずいらっしゃいます。

チリアヤメが咲き始めますと、春の剪定が少しずつ始まります。

こういった生木がでてきます。

ほとんど堆肥として自然に還しますが、カヤの木が地蔵堂の六地蔵として生まれ変わったように、新たに命を吹き込むのも面白いかもしれません。

・・・手始めに1体「ほとけさま」を彫ってみます。

春の恵み

春といえば、タケノコです。

あちらこちらからにょきにょきと出てきております。

修行道場でもこの時期は嬉しかったのを覚えています。

冬は冬で大根の葉で作った菜飯が食欲をそそられましたが、春のこの時期になるとタケノコご飯に始まり汁物も炒め物もすべてタケノコ尽くしで食事に変化が生まれ楽しかった記憶があります。

そんなに数は多くありませんが、折角の春の恵み。

あく抜きをして、いただきます。

皮を剥ぐと、こんなに小さくなります。

ぬか入りのお湯で30分程弱火でコトコトと煮ます。

その後は一晩つけたままにすると、アクが抜けて柔らか~くなります。

煮物やタケノコご飯にして美味しくいただきました。

自然の恵に感謝いたします。

木の芽も必須ですね。

タケノコとの相性は抜群です。

来年の収穫を願い、皮は堆肥と一緒に自然に還します。

ありがとうございました。

自然の理

気持ちの良い天気が続きます!!

気分がうきうきしますね。

境内のあちこちからも、この陽気につられて花や草が一斉に芽吹き始めます。

桜の花も2週間ほどでその役目を終えて、今は瑞々しい緑の葉で覆われています。

春の暖かさと柔らかな土、そこに種という縁起が重なり、種が自分を滅ぼして芽となる。そしてその芽もいつまでも自己主張して芽のままではなく、茎となり葉となり花を咲かせて、やがて散る。

人間もまた然り。境内で掃除(作務)していると自然の理を何度も目の当たりにしますので、有難いですね。自分が何物なのかを教えてくれます。

しかし、自然の中の樹木はその命を全うしますが、花瓶にいけた花の命にはいけた者に責任が生じます。その命の輝きをできる限り全うさせたい。

暑い日が続きます。一旦ホースで水を吸い取り、新しく水を入れ替えました。

一期一会。

令和3年市仏の花まつり

昨日4月8日はお釈迦様のお誕生日でした。

昨夜の臨済宗青年僧の会のオンライン坐禅会では、ちょうど担当が私でしたので、お釈迦様の誕生日にちなみ昨夜は「天上天下唯我独尊」をテーマにお話をさせていただきました。

まもなくこのオンライン坐禅会が始まってから丸一年になるんですね。

4月の末頃から始まりましたので、その頃になると延べ参加者人数が5万人近くになりそうです。

そう思うと感慨深いものがあります。

お釈迦さまの誕生日を別名「花まつり」といいまして、各寺院では降誕会という法要を行い、場合によっては白いゾウさんの上にお釈迦さまの像を載せてパレードを行います。

正光寺の名物「ゾウさんパレード」はコロナ禍のため今年は中止となりました。

浜松市の仏教会におきましてもコロナ禍のため規模は縮小しましたが、4月6日に瑞雲寺さんにて降誕会の法要を行いました。

コロナ禍で大変な時期ではありますが、参列されたずいうん保育園の園児達の笑顔にほっこりしました。

皆さんおつかれ様でした。

華道

華道。奥が深いですね。

いけばなは、仏前供花(仏に花を捧げること)が始まりだそうで、鳥獣戯画にも描かれています。

そうした「いけばな」に思想や形が備わり、道としての「華道」になったのは、六角堂の住職をされていた池坊専応さんからだそうです。

六角堂の歴史は古く587年聖徳太子が創建し、初代住職は遣隋使として知られる小野妹子が努められました。

その後、六角堂の住職は「池坊」と呼ばれ、朝夕に仏前に花を供え、いつしか供花の名手として評判になったことから、室町時代中頃に仏前供花が華道へと発展しました。そして池坊が住職を努める六角堂は「いけばな発祥の地」といわれています。

今までは住職や母に任せきりでしたが、仏に仕える身として、私も華道(池坊)を学ばせていただくことにしました。

先生から大変丁寧に教えていただいております。これから少しずつ床の間のあちらこちらへ花を生けて(仏前供花)おりますので、お参りの際は是非ご覧ください。

知客寮にハランを生けました。

「ハランに始まり、ハランに終わる」とも言うそうです。

奥が深いです。